モノは、試しで。
夏をはじめる、一本のアクセサリー。
この世で一番幸せな匂いは?と聞かれたら、迷わず「焼きたてのパンの匂い」と答える。
そんな幸せな匂い、パンの匂いに囲まれたら、私の仕事始めの合図。
今日はどんなお客さんがくるかな。丸の内のランチタイムが始まる前に、ひと休み。
ー そういえばね、この前話したサングラス届いたんだ!
「一目惚れしたって言ってたやつ? 見たい見たい!」
胸ポケットから取り出した新しいサングラスは、自分の出番を知っているかのように、勢いよく初夏の光をすくう。
「サングラスっていうより、アクセサリーみたいだね」
ー でしょ? 堅苦しいのが嫌で今までサングラスは買えなかったんだけど、これは色がやわらかいし、モノは試しでって思ったの!
何気なくInstagramを眺めていたら、目に飛びこんできたのがこのサングラス。
フレームとレンズの珍しい色合いが気に入って、すぐに買ってしまった。
「あ、カフェラテさん来てるよ」
ー ほんとだ! 私先に戻るね!
カフェラテさんは、ほぼ毎日うちのサンドイッチを買いに来てくれるお客さんで、凛とした姿勢と、聞いているこちらの背筋まで正してくれるような声の持ち主。
いつもカフェラテを一緒に頼むことから、お店のメンバーでこっそりそう呼んでいる。
ー いらっしゃいませ!
「こんにちは。もしかして、さっき裏でメガネを見てた? 」
ー わ! 見られていたんですね…。新しいサングラスで、うれしくてつい…。
「お似合いでしたよ。私も最近メガネを買ったの。最近急に夏らしくなってきたし、サングラスも欲しくなってきちゃったわ!」
ここで働く前は、ビジネス街である丸の内のことを近寄りがたい街だと思っていた。
それが気付けばこうして声を掛けてくれる人がたくさんいる街になっていた。
新しく出会う人、いつも顔を出してくれる人、遠くから手を振ってくれる人…
幸福な食卓、とまではいかなくても、皆に幸福なランチを、今年の夏も。